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追記にさげているのは、ただ単に長いからさげているだけです。
グロくてもエグくても、注意書きなしです。
実際の事件や障害を持った方々を茶化す目的は一切ありません。
あくまで創作の一つとして捉えていただければ幸いです。

更新が数ヶ月無かったりもするかもしれませんが、行き詰まってるだけです。気にしないでください。きっとツイッターは更新してます。

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リンク貼ったよー等サイトのURLをのせる場合は注意していただければと思っています。
報告自体自由ですので、連絡なしでも大丈夫です。


まあこんなものですかね。
では、少しでもどなたかの暇潰しになれば幸いです。

水底の廃墟 管理人 あまた
Twitter @nekoyam9 pawoo @nekoyam9
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今更な気もしますが設定をば……
 
ぜえぜえ、と荒い息をする。
その息すら向こうには察知されているのではないか、と思うと、尚のこと逃げなければ、と思う。
ただ、足はもう棒のようだ。これ以上走れるとは到底考えられなかった。

──不意に、ざり、と足音がした。
その足音は的確にこちらに来ている。

見つかった、か。
そう考えると同時に、走り出そうとした──その時だった。

ばつん、と音がして、右腕が熱くなる。
……右腕?
血の気が引く感覚がし、恐る恐る右腕を見た。

「あ、が……?」

どくどくと、右腕があった筈の場所から血が吹き出ている。
それを見た瞬間、俺は膝から崩れ落ちた。

振り返れば、奴はすぐ近くに立っていて、俺の腕を後頭部についている口で咀嚼していた。

そこで俺は、幸か不幸か気を失った──。




「変死体?」
「そう」

昼休み。珍しく学食を利用していた俺と天哉が言葉を交わす。

「腕が両方無くなってて、内臓が全部喰われてるんだってさ」
「そりゃまた血腥いね」

楓が「幸あれかし」と祈ってから一週間。普通に日々は続いていたように思えたが、日常の裏ではそんな血腥いことが起きていたらしい。

天哉のお兄さん──惣助さんと箏示さんは、探偵をしている。
表には出せないような事件が天哉のお兄さん達のところに来るのだが。

「そう兄もうじ兄もそれに掛かりっきりでさ。寝てないみたいなんだよ」
「それは心配だね」

「寝ないこと」が日常茶飯事になっているならばまだしも、惣助さんも箏示さんも規則正しい生活を送っていたと聞く。
寝ないのはそれなりに身体に影響を及ぼす。事件の解決より先に、お兄さん達の身体が壊れてしまうかもしれない。

「オレも手伝えればいいんだけどな」
「俺ら昼間は学校だしね」
「だろ?」

味噌漬けされた魚を解しながら、天哉が言葉を発する。

「せめて表に出せるぐらいになれば──ん?」
「どうかした?」

天哉が不意に、俺の背後をじっと見る。
振り返ってみるが、何も無いし誰もいない。

「天哉?」
「ん……いや、なんでもない」

ふるふると頭を振って、天哉は応えた。
それに少しの疑問を持ちながらも、俺は学食を食べるのを再開した。




「最近天哉さ、なんか調子悪そうじゃない?」

累がそう切り出したのは、放課後陽兎に集まり、話をしている時だった。
天哉は部活でいない。今いるのは俺と桔梗と累と颯太だけだ。

「確かにそうよねえ。日増しに具合が悪くなってるように見えるわ」
「でも陽の光も月の光も浴びてるんだろ?」
「うん、そうらしいんだけど……」

天哉の様子は、一週間前一緒に学食へ行った時から悪くなっていく素振りを見せている。
やはりあの時、俺の背後に何かいたのだろうか。天哉にしか見えなかった、「何か」が。

「そういえば他の街でも似たようなことが起きてるみたいよ?」
「似たようなこと?天哉みたいになるの?」
「そう。そうなった妖達は、『死神憑き』って呼ばれてるみたい」
「死神憑き、なぁ……」
「そして死神憑きになった妖達はみんな最後に食べられちゃうらしいのよ」
「食べられるって……死神に?」

累の言葉に、桔梗は神妙に頷く。

「なんでも両腕がなくなって、内臓も全部なくなってるらしいの」
「……その話、一週間前に天哉としたよ」
「あら、そうだったの?」
「表に出せる事件じゃないから天哉のお兄さん達のところに話が来てるんだって。それの所為で天哉のお兄さん達寝てないから心配だーって話」

その話をした時に、俺の背後に死神がいたのかもしれない。
天哉にしか見えなかったという点が、疑問にはなるが。

「それなら天哉ちゃんは今『死神憑き』になるのかしら」
「そうなる……のかなあ」
「死神憑きの状態から解放できる方法ってあるの?」
「それは調べてみないと分からないわね」

調べる。その言葉を聞いた時、俺の手はスマホに触れていた。
そして、海遥に電話をかける。

「……ああ、海遥?調べてほしいことがあるんだけど──」




「死神憑き?知ってるよ、俺のクラスでも被害者出たから」
「死神は無差別に妖を選んでるの?」
「そういう訳ではないみたいです」

祥子が数枚の書類を手に話を続ける。

「朝琉毎にある街にはそれぞれ担当の死神がいるみたいなんです」
「土着神みたいな感じ?」
「はい。鳥儀街担当は、呼乃瀬闇戸、という名前らしいですよ」

呼乃瀬闇戸。聞き覚えは、ない。

「珍しい名前だな」
「そうだね。「やみ」って書いて「くら」って読むんだもんね」

祥子の出してきた資料には、「呼乃瀬闇戸」と書かれている下に小さく「このせくらと」とルビが振ってあった。

「でも死神って死期の近いやつの前に現れるんだろ?なんでこんな大量に「死神憑き」が出てるんだ?」
「問題はそこなんですよ。私も調べてはいるんですが、霞がかかったように不透明でして」
「対処法も分からないってこと?」
「今の時点ではなんとも言えませんね」

手詰まり、という訳か。
皆が揃って溜息を吐いた時、陽兎のドアが遠慮がちに開けられた。
見れば、紡が立っている。鵜似雪さんも一緒だ。

「どうかしたの?紡ちゃん」
「昨今の大量殺妖事件について、香先生がなにか掴めたみたいなんです」

紡が言うが早いか、鵜似雪さんは背負っていた行李を下ろし、中から数枚の紙を取り出す。

「あまりにも死妖が多すぎるからさ、ぼくのところにも話が来たんだよね。何かの伝染病じゃないかって」
「鳥儀街での初めての被害者は、『鷹取優斗』というらしいです」

鵜似雪さんが取り出した紙には、「鷹取優斗」と書かれた文字と、溌剌そうな青年の写真があった。
その紙の下にある資料には、「死神憑きの話をしたものが新たな被害者になる」と書かれている。

「……だから天哉が死神憑きになったのか」
「対処法は……あったあった」

す、と桔梗の指が、資料に書かれた文字をなぞる。
そうはしなはのこと三回唱える、と書いてあった。

「『そうはしなはのこ』……?」
「どういう意味だ?」
「逆から読むと、『このはなしはうそ』になりますよね」
「つまり、死神憑きの話は嘘だった、ってことになるのかなあ」

死神憑きの話は嘘。ならば、何故実際に被害者が出ているのか。

「フォークロアになる、のかな」
「……ていうと?」
「逆さま様に聞いたら何か分かるかも」
「呼んだ?」

俺の呟きに呼応するように、逆さま様の声がした。

「……吃驚した、いつからいたの」
「んー……なんか面白そうだったから気配消して着いてた」
「話を知ってるなら、俺が聞きたいことも分かるよね」
「うん、分かる」

ふわり、と身体を浮かせ、逆さま様は笑う。

「死神憑きも、フォークロアだと思うよ」
「昔からあった、ってこと?」
「恐らくはね」

天哉が俺に話をしたから、天哉が死神憑きになった。
しかし、俺は桔梗達に死神憑きに関連する話をした。なのに、死神憑きにはなっていない。
それはきっと、死神憑きそのものの話をしていないからだろう。

「隠れ鬼のおにいちゃんが今思ってることは当たってると思うよ」
「……心が読めるの?」
「曲がりなりにもカミサマだからね、おれは」

にしし、と笑って、逆さま様は言う。
姫期のようにさとりという特性を持っていなくとも、心を読むということは出来るのか。

「まー全部のカミサマが心読めるって訳じゃないけど」
「とりあえずそれは置いといてさ。『そうはしなはのこ』っていうのを天哉に教えればいいの?」
「うん、だろーね」

逆さま様が言うが早いか、俺はポケットからスマホを取り出し、天哉に電話をかける。
三度目のコールの後、天哉の気だるげな声が聞こえた。

『……なんだよ、急に』
「天哉、「そうはしなはのこ」って三回言って」
『ほんとに唐突だな。えっと……そうはしなはのこ、そうはしなはのこ、そうはしなはのこ……』

天哉が言った途端、部屋の隅から舌打ちが聞こえた。
見れば、濡色の髪をした青年が、暗がりに紛れるようにして座っていた。

「……もう少しだったのに」
「天哉を喰おうとしてた死神って、お前のことか?」
「そうだよ。けどさ、初対面に向かって「お前」なんて、相当な教養の持ち主だね」

新橋色の目を眇め、死神──呼乃瀬闇戸は言う。

「久しぶりに女が喰えると思ったのに。まあいいや、同位体の僕が喰うだろうし」
「同位体……?」
「一は全、全は一。朝琉毎にいる死神は全部が僕であり、同時に僕ではない──」

する、と闇から闇へ動き、闇戸が話す。

……闇の中でしか、行動が出来ないのか?
そう思い、ぱちん、と指を鳴らし、闇を隠す。

「う、ぐ……」
「……?」
「闇の中でしか活動できないのを見抜くなんて流石だね……隠れ鬼」
「偶然だけどね」

俺の影の中に移動した闇戸は、苦しそうに胸をおさえていた。

「……まあいいや」
「何がだ」
「空亡喰べたらそれなりの力がつくと思ったんだけど。……他の方法ないこともないし」

そう言い、ちらり、と逆さま様を見た闇戸は、なるほど、というように掌に握り拳を打ちつけた。

「逆さま様がいたからか」
「何が?」
「だから、僕について知ることが出来たんだ」

宙を泳ぐ逆さま様を見て、闇戸はそう言い笑った。
そして、自らの姿を消す。

「……理子、隠した?」
「いや、違う」
「んじゃああいつ自身が消えたのか」

颯太の言葉に頷くと、海遥が溜息を吐いた。

「逃げられた、ってことかな」
「だろうね」
「とりあえず、俺の方でも色々調べてみるね」

外に出る準備をしている海遥が言う。
それに頷き返すと、海遥はにっと笑って祥子を連れ外へ出た。
 
「……ふう」

こきぽき、と小気味いい音を立て首やら関節を鳴らした楓が一息つく。

「世話になったな」
「いーえー。医者として当然のことをやったまでだよ」

薬研を片付けながら、鵜似雪さんが言う。
祥子から聞いたが、楓が大怪我をしてから一ヶ月の間、鵜似雪さんは海遥の代わりとでもいうように楓に付きっきりだったらしい。

腹に風穴が開き、腕がひとつなくなる怪我だ。信仰があれば回復するといえ、いち医者としても、いち妖としても気が気じゃなかったのだろう。

「海遥殿にも迷惑をかけたな」
「迷惑って?」
「我が寝込んでいた間、碌に眠っていなかったのだろう?」

楓の言葉に、ソファに寝転がって本を読んでいた海遥の身体がぴくりと揺れる。

「んー……まあ確かに寝てなかったけどさ」
「何か云いたいことがあるのか?」
「俺がそうしたかっただけだし。それに、現世にいた頃も妹──畎乃の看病してたりしたから慣れてるんだよ、寝ないことに」

むっくりと起き上がり、海遥は言う。そして欠伸をひとつした。

「慣れてる、って?」
「おふくろはネグレクトしてたし、親父は畎乃を虐待してたしね。俺ぐらいしか畎乃の世話する人間いなかったんだよ。畎乃が夜泣きするくらいの低年齢からそうだったから、碌に寝ないような時もあったんだよね」

育ち盛りなのに、妹の世話を一手に引き受けていた、ということなのだろうか。

「あれ?でも海遥は可愛がられてたんだよね?」
「うん、そうだね。まあ親父からはそういったものは一切無かったけど。"子供"っていう存在が要らないって思ってるような人間だったんだと思う」

飴やらキャラメルやら一口チョコが入っている籠に手を伸ばし、海遥は言葉を紡ぐ。

「他に頼れるような親戚いなかったしね」
「人間ってそんな簡単に育児放棄するの?」
「うん、する。挙句の果てに殺したりね」

一口チョコを口の中に放り込み、海遥は俺の言葉に頷いた。

「妖からしてみたらありえないでしょ」
「そうだねぇ。切った張ったのいざこざが起きても殺すまではしないしね」

夕月夜という「人界」と、その夕月夜と鏡写しになっている「妖界」の朝琉毎。
しっかり隔てられているとはいえ、何かことを起こせば自らにも悪い影響があるかもしれない、と朝琉毎に住む妖は皆思っているのか、春先に海遥が起こした事件以前には、その事件並みに血腥いことは起きたことがなかった。

「でも最近は血腥いこと起きてばっかりだよね」
「……あー、うん」

神殺しに始まり、鈴の少女の殺害事件。口裂け女による殺妖事件もあった。

海遥から飴をもらい、それを口の中で転がしながら想起する。

「そういえば海遥、現世で妹さん見に行った時お父さんが亡くなってたって言ってたけど、なんで亡くなったのか分かる?」
「ああ、あれね」

すい、と海遥の手が動き、机に突っ伏して眠っている黎娘を指さす。

「黎娘に殺られたんだ」
「黎娘さんが現世にいた時に殺った、ってこと?」
「うん、そう。普通口裂け女っていうのは子供しか狙わないんだよね。素直な返事が欲しいからさ。でも親父──大人を狙わなければいけない程、『口裂け女』という存在が危ぶまれた、と言えるね」

怪異現象が殆ど起こらないと言われる夕月夜。そこに怪異が暮らすには、かなりの苦行を強いられるのだろう。

「でもなんで夕月夜だと怪異が起こりにくいんだろ」
「夕月夜ではな、朝琉毎以上に土着神の力が強いのだよ、鬼の子よ」

朝琉毎における『土着神』は、神力を使って朝琉毎の均衡を保っているという。その朝琉毎以上に土着神の力が強い、ということは、尚更普通の者ではない『怪異』は暮らしづらくなる。

「ふうん……」
「俺が夕月夜に行った時も、結構……あー、殺気っていうのかな、それがすごかったな」

人間というのは大抵の場合百年生きれば十分だと言われるらしい。
海遥がもし「人間」のままだったとするならば、もう海遥は酷なことだが死んでもいいということになる。
ただそれは、朝琉毎で過ごした時間が百年というだけで、夕月夜にしてみれば十年しか過ぎていない。
……だとしても、夕月夜の土着神からしてみれば、「異物」なのだろうか。俺は夕月夜の土着神ではないから、どう思っているかは分からないが。

「我がいた時は差程そこまででは無かったが」
「そうなの?」
「朝琉毎と夕月夜は鏡写し。朝琉毎で連続して血腥いことが起きたのを、警戒しているのだろうな」

夕月夜で何かあれば、朝琉毎にも影響がある。それは逆の立場でも同じだ。

「んー……じゃあ俺の願いは叶った、ってことなのかな」
「海遥の願い?」
「朝琉毎にいながら夕月夜に影響を及ぼす、っていうやつ」

春先に海遥は神殺しをしていた。その時に、隠世から現世に影響を与えるような行動がとれるようになるのも時間の問題だ、と言っていた。少ししてから神殺しはやめたようだが、少なからずそれも夕月夜に影響があったのだろう。

「でもなんでそんなこと思ったの?」
「……畎乃を助けたくてさ」

海遥が俯く。
父親は死んでいたようだ、とは言っていたが、それが海遥にとって良いことなのかは、分からない。

「一番いいのは畎乃を朝琉毎に連れてくることなんだけど」
「……けど?」
「今現在夕月夜から朝琉毎に無事に移動する方法が見つからないんだよね」

するり、と海遥が身に纏っている和服の袖をまくる。
大小様々な咬傷のような痣が、その腕にはあった。

「ひどい痣だね」
「鏡守の力を以てしても、一回夕月夜と朝琉毎を行き来しただけでこの痣できたからね」
「その痣以上のことが起きるかもしれないから、妹さんを連れてこられない、ってこと?」
「そういうこと」

するすると袖を戻しながら海遥が俺の言葉に応える。

もしかしたら死んでしまうかもしれない。
海遥はそう言いたいのだろう。
助けたかったのに、死なせてしまっては本末転倒だ。

「鏡守のお兄さんに聞いたら、昔よりそこら辺の警備強化してるらしくてさ」
「そりゃまたなんで」
「……俺が朝琉毎に来たのがきっかけらしいんだけど。間違っても夕月夜の人間が、朝琉毎の妖にならないようにする為なんだって」
「別になってもよくない?」

鵜似雪さんの言葉に、海遥は祥子を指さす。

「朝琉毎の百年は、夕月夜の十年です。長生きができると分かってしまったら、善の思考を持つ人間より、邪な思考を持つ人間の方が来てしまう可能性がある……」
「簡単に言えば、朝琉毎がめちゃくちゃになるかもしれない、ってこと」

確かにそれは大変な事態だ。
下手をすれば、朝琉毎対夕月夜で戦争が起きるかもしれない。

「まあ、そこまで行くことはあるまいよ」
「……言い切ったね」
「我も朝琉毎の土着神に力を貸しているからな」
「え、そうだったの?」

素っ頓狂な祥子の言葉に、自らの胸をとんとん、と叩いて楓は応えた。

「うむ。まあ兎に角今は、これからの行方に幸あれかし、と祈っておこう」

琥珀色の目を閉じ、それから楓はからからと笑った。
 
逆さま様が、落雁を口に放り込む。
その間にも降る雪は勢いを弱めていっている様相を見せている。

「暑いの嫌いなのに……」
「自然の理に逆らうんじゃねえよ、馬鹿」

ふくれっ面の姫期が不服そうに颯太と話をする。

「まあ確かに季節を変えたら僕は体調に異常をきたすけどさ」
「体調悪くなってもいいくらい夏嫌いなんだ?」
「そういうこと」

姫期の樺色の目は、逆さま様を見ている。

「……僕さ、目が見えないんだ」
「藪から棒になんだよ」
「一応言った方がいいかなって思ってさ」
「でも目が見えなかったら日常生活送れなくない?」

くあ、と欠伸をし、姫期は累の言葉に応える。

「心眼を使ってるんだ。あと僕は音の振動で周りの様子が分かるからね」
「ふうん……」

だから目が見えなくても日常生活を送ることができているのか。

「昔は包帯で目隠してたんだけどね」
「なんでやめたんだ?」
「過剰に心配されるからさ。僕、心配されるの嫌いなんだ。心配されるくらいならどこ見てるか分からない目晒してた方がいいかって思って」

そう言う姫期の樺色の目を見る。
確かに、どこを見ているのか分からない。それに加え、姫期の目は斜視だった。

「これはこれで絡まれるんだけど。だから普段は目閉じてるんだ」

姫期は喧嘩というものに縁があるようには見えない。
ヒサユキを殺した時も、心臓を狙ってはいたようだが、夜々芽さんが言うには心臓より下の部分を刺していたらしい。目が見えないから、正確な位置が分からなかったのだろう。

「まあ不自由はしてないんだけどね」
「さとりってみんな目が見えないのか?」

天哉の質問に、姫期は首を横に振り答える。

「見える妖と見えない妖は半々ってところかな。目が見えない方が目が見える方より、さとりとしての力持ってるけど」
「へえ」
「どうしてそうなるのかは分からないけどね」

悪戯っぽい笑みを浮かべ、姫期が言う。

「余計な情報が目に入らないからじゃない?」
「かもしれないね」

くすり、と姫期は笑う。
直後、逆さま様が言葉を発した。

「……よし。じゃあ今降ってる雪止めちゃうからね?」
「うん。名残惜しいけどね」

姫期の応答に逆さま様はにっと笑って、印を結んだ。




「あっさり雪止んだな」
「そうだねえ」

地面に雪はまだ残っているが、文月の暑さだ、すぐに溶け消えていくだろう。

「今度が冬が夏になったりしてな」
「その時の犯妖は僕じゃないからね?」
「もし犯妖がお前だったら殴るからな」

姫期に殴り掛かる振りをした颯太が言う。
天哉はそんな二人を見ながらくすくすと笑っていた。

「でも確かに弱点晒してるといえばそうだよね」
「僕は心眼で周りの噂をキャッチしただけだから。……つまりは僕の他にも逆さま様の弱点知ってる妖がいるってことだけど」

火のないところに煙は立たない。姫期の言うことも尤もだった。

「そこまでは分からないのか?」
「廊下歩いてて偶然視つけただけだからね」
「ふうん……」

颯太が頭の後ろで手を組む。そして姫期に向かって言った。

「もう季節ひっくり返すとかやめろよ」
「先輩に言われたら仕方ないよね」

樺色の目を閉じて、姫期が笑う。

文月は、始まったばかりだった。
 
「本気で殴らなくてもいいじゃんか、天哉」
「そうでもしねえと吐かないだろ」

保健室から教室へ戻る道すがら、累と天哉がそう言葉を交わす。
累は鏡を使わずに現世に行く方法を探っていたらしく、鈴の少女にその願いを叶えてもらおうと思っていたらしい。……まあ、今となっては叶えられないが。

「痣が残ったらどうしてくれるのさ」
「女に殴られた程度で痣が残るわけねえって。もし残ったとしたらそいつが貧弱なだけだろ──ん?」

不意に、天哉が窓に駆け寄る。

「どうかした?」
「見間違いかもしれねぇから一応言うけどさ」
「?うん」
「……雪、降ってね?」

累と顔を見合わせ、天哉と同じように二妖窓際に駆け寄って外を見る。

窓ガラスは薄く露がついていて、曇っている。
冬ならばまだしも、今は文月だ。この現象が起きる原因が分からない。

「……あ、ほんとだ、雪降ってる」
「やっぱりか」

外は天哉の言う通り、雪が降っていた。
いつから降っていたのかは分からないが、地面には地面が霞む程度の雪が積もっている。

「ぶえっくし」
「あ、颯太」

累の言葉にくしゃみの聞こえた方を見れば、颯太が桔梗を引っ張って歩いてくるのが見えた。

「何よ藪から棒に」
「天邪鬼といえばお前ぐらいだろ」
「何かあったの?」

累がそう言葉を発する。それと同時に、桔梗は颯太に引っ張られている腕を払って拘束を解いた。

「今降ってる雪ってお前の所為なんだろ」
「あのねえ颯太ちゃん、私に気候を変化させる程の力はないわよ」
「じゃあこの雪はなんなんだよ」

颯太と桔梗が言い合いを始める。二人の関係は犬猿の仲、とまでは行かずとも水と油のようなものだから、喧嘩に昇華する前に止めに入る。

「はいはいそこまで。喧嘩したって雪は止まないでしょ」
「隠れ鬼のお兄さんの言う通りだと思うな」

俺の言葉に海遥が加勢する。俺達の反応に、喧嘩になりかけていた桔梗と颯太の動きが止まった。

「唐傘のお兄さん、クラシマヒサユキの件はどうなったの?」
「……悪ぃ、途中で見失った」
「そう、ですか。ならこちらで調べてみますね」

祥子がそう言うと、颯太はすまなそうに頭を軽く下げる仕草をした。

「にしても文月なのに雪、か。異常気象にしては行き過ぎてるよね」
「ああ、それならきっと誰かが校内で『逆さま様』を呼び出したんじゃないかって思うの」
「逆さま様?」
「天邪鬼な神様で、呼び出す時も反対の言葉で語りかけないといけないの」

反対の言葉。「出てきてほしい」のなら「出てきてほしくない」と呼びかけるのだろうか。

「でもそんな簡単に天候を操る神様が呼び出せていいんですか?」
「願えば何でも叶えてくれるのよ。鈴の少女みたいにね」

片目を閉じ、桔梗は言う。

「じゃあボク達もその『逆さま様』を呼び出せば──」
「それは出来ないのよ」
「なんでだよ」
「曲がりなりにも神様だもの。そう簡単に妖前に出られるわけないじゃない」

幸せの安売りは不幸を招く。確かに、簡単にほいほい出てきては、諸処の問題が出てくる。例えば隣妖が大金持ちになったりとか。

「でも、当てならあるわよ」
「当て?」
「学校じゃ出来ないから、放課後、陽兎でね?」

口許に笑みを浮かべて桔梗が言う。
何をするつもりだろうか。

「別に怪しいことするわけじゃないの」
「……と、いうと?」
「逆さま様はね、落雁が好きなのよ。今回の件もきっと落雁に釣られて出て来ちゃったのね」

そう言って、桔梗は腕を組んだ。

「……でもどうして落雁が好きって分かったのかしら」
「どういう意味ですか?」
「普通の妖からすれば自分の弱点を晒しているようなものよ。まあ神様っていうくらいだからそうでもしないと信仰が集められないのかもしれないけど」

話の切れ目で、ちょうど良く予鈴が鳴る。
放課後に陽兎に集まることを約束し、それぞれが教室へと戻った。




「あら、理子ちゃんだけ?」
「天哉は部活で、颯太は生徒会。累はもう少ししたら来るって」

鳥儀街にある喫茶店──陽兎に行き、桔梗とそう話をする。
海遥達は既に来ていたようで、奥のテーブルについていた。

「それで?落雁が好きって話だけど」
「ああ、それなんだけど──」

桔梗が海遥達のいる方を指さす。

「海遥ちゃん達が買ってきたのよね、落雁」
「なら良くない?」
「それがね……落雁が余程欲しかったのか、それとも噂されたのが嬉しかったのか、海遥ちゃん達に着いてきちゃったのよ、逆さま様」
「……え?」

ふう、と桔梗が溜息を吐く。
海遥達をよくよく見れば、見慣れない銀髪の少年がいる。その銀髪の少年は、夢中になって落雁を食べていた。

「あ、お兄さん」

あぐあぐ、と落雁を咀嚼している少年の頭を撫でる祥子を見ていた海遥が俺を見て声を掛ける。

「おにーふぁん?」
「食べながら話さないの」

祥子に咎められ、少年は手に持っていた落雁の一欠片を口に入れ、もくもくと咀嚼し飲み込んだ。

「……ふう」
「落ち着いた?」
「うん、ありがと、おねえちゃん」

その少年は祥子に懐いているらしく、親しげに祥子を「おねえちゃん」と呼んだ。

「……君が、逆さま様?」
「うん。そう。おれが、逆さま様」

少年──逆さま様はそう言ってにっと笑う。

「おれみたいなのはフォークロア……民間伝承のひとつなんだよね」
「民間伝承?」
「長い間朝琉毎に伝わってきた怪異ね。昔は夕月夜でも伝わってたんだけど、今は殆どが朝琉毎に主体を置いてるかな」
「忘れられた、ってことなの?」
「そうそう。大体が麻呉か深梳に身を置いてる」

麻呉街は風見古谷が、深梳街は桃李飯綱がそれぞれ身を置いている街だ。どちらも、鳥儀街に較べれば古い怪異が暮らしている。

「ああそうだ、今日の昼に君を呼んだのって誰なの?」
「んーと……確か……萩洲姫期、とか言ったっけな」

逆さま様の言葉に、皆が顔を見合わせる。
軽く予想はできていたことだが。

「おにいちゃんたちが聞きたかったのってそれだけ?」
「うん、そうだね」
「そっか。じゃあおれしばらく鳥儀街にいるから。用があったらおれを呼ぶといいよ。あ、落雁忘れないでね?」

陽兎を出て行く俺達に、逆さま様はそう言って姿を消した。……曲がりなりにも神様だから、神出鬼没、というやつなのだろうか。

「とりあえず天哉に連絡するね」
「なら私は颯太ちゃんに連絡するわね」

鞄からスマホを取り出し、二妖してそう言葉を発した。




「やっぱりそうだったか」

生徒会の仕事を終えた颯太が言う。

「姫期の教室……あー、一年C組か」
「知ってたのか?」
「生徒会の役員に同じクラスのやつがいたんだよ」

天哉と颯太が言葉を交わす。
そんな二妖に、俺達と海遥達は窓の外を見ながらついていく。

外は、夏だというのに雪が積もっている。逆さま様の能力の所為だ。

「逆さま様にこの異変の解決を願えばよかったですね」
「あまりにも強い願いは逆さま様の存在を消すことになるわ。落雁、いっぱい食べてたでしょう?それだけ逆さま様は能力を使ったってこと」

桔梗がそう話し終えるのと、高等部一年C組に着くのは同時だった。
がらがらとドアを開けると、教室の隅にある机に突っ伏して寝ている、御納戸色の髪を見つけた。

颯太が素早く姫期の横に行き、姫期の肩を揺さぶる。

「おい起きろ」
「ん……む……?」

ゆさゆさと揺さぶられ、姫期がゆっくりと顔を上げる。
くあ、と姫期は欠伸して、徐に俺達を見た。

「……ああ、君たちは……昼休みの……」
「逆さま様のことで話があるんだけど」
「逆さま様……?」

樺色の目を閉じて、姫期は考え込む。
そして不意に、握った右手を左手のひらに打ち付けた。

「ああ、昼に僕が呼び出した……」
「なんで雪なんか降らせたんだ?」
「んーと……僕、暑いのが苦手で……夏でも涼しかったらいいなって……思って……」
「……おい?」
「……ぐう……」

姫期の反応を見て、颯太はがくりと肩を落とす。
そんな姫期の近くにいた女子生徒が声を発した。

「あ、萩洲くん寝ちゃったの?」
「こいついつもこんななのか?」
「うん。授業中も目閉じて座ってるだけで、ノートとったりしないの。放課後になると机に伏せて寝てるんだ」

ノートをとらずとも、心眼で色々できるのだろうか。
……一種のカンニングかもしれないが、咎められていないということは、学校側も姫期の存在を赦しているということか。

逆さま様はしばらく鳥儀街にいると言った。
この降っている雪をどうにかするのは、姫期の意識がはっきりしている時の方がいいだろう。

皆溜息を吐き、雲の切れ間からさす夕陽に照らされる教室をあとにした。
 
「初等部のアレ、見たか?」

昼休み。天哉からそう切り出される。
何のことが分からず無言のまま首を横に振れば、天哉は順番に説明を始めた。

「初等部って兎とか鶏とかを飼育小屋で飼育してるだろ?今日の朝、飼育当番が飼育小屋に行ったら、飼ってた動物が全部殺されてたらしい」
「どうして?」
「原因も犯妖も不明。生徒に見せるわけにはいかないって今教師が見張り立てながら犯妖探しと警邏やってる」
「あー……それで今日早く登校するように言われたのか」
「現場見たの?」

累の疑問に、颯太は頷いて話し始める。

「飼育小屋を囲むように柵があるだろ。その柵の先端に殺された動物の死骸が串刺しにされてた」
「……悪趣味だな」
「そんなことする意味が分からないね」
「そうなんですよ。行動の意味が分からないんです」

不意に話に割り込んできた聞き覚えのある声に、声のした方を見れば、初等部の制服を着た定が立っていた。

「お前確かペテン師の──」
「ペテン師だなんて言わないでくださいよ」
「ここの生徒だったのか?」
「祥子と同じようにして通ってるんですよ。神殺しをしたって神格が上がらないのなら地道に学ぶしかないので」

銀鼠の目を閉じて、定は息を吐く。

「『ヒサルキ』ってなんだか分かります?」
「なんだそりゃ」
「初等部の方だと、今回の件はみんな『ヒサルキ』が犯妖だって言うんですよ」
「じゃあそのヒサルキを捕まえりゃいいだろ」
「『ヒサルキ』がなんなのか、誰も説明出来ないんです」
「ハァ?」

定の話に拠れば。
初等部の殆どの生徒が、今回の件は『ヒサルキ』と呼ばれる妖が犯妖だという。
しかしその『ヒサルキ』が何なのか説明出来る生徒は一妖も居らず、生徒によっては「きらきらさん」、「キヒサル」、「イサルキ」、「ヒサユキ」等同一妖物であるようだが名前も変わるらしい。
そして問い詰めても、みな「知らない」といい、両の手で両目を隠す。

「中等部の生徒は知らなくて、初等部の生徒だけが『ヒサルキ』を知ってるんですけど」
「……誰も説明出来ないんだ?」
「はい。ボクの調べだと『クラシマヒサユキ』っていう名前が挙がったんですけど」
「なんなのか説明出来るのか?」
「『ヒサルキ』も『クラシマヒサユキ』もやったことは変わりないみたいです。動物に関して残虐なことを──」

定がそこまで話したところで、定の携帯が鳴った。

「……祥子から?」

ぴりぴりと鳴る携帯を取り出し、定は通話ボタンを押す。

「はーい?どうかしたの?……え?」

定の顔色が変わる。

「……生徒に、被害が出たみたいです」




「……ああ、お兄さん達も来たんだ」

窶れた顔をした海遥が、中等部の校舎裏に立っていた。
近くには、血溜まりがある。

「生徒に被害が出たってどういうことだ?」
「そのまんまだよ。急に学校裏の妖気が強まったから、何かなと思って見に行ったんだ。そしたら──生徒が、鉄の柵に串刺しになってた」

海遥が指差した鉄の柵には、血糊が付着している。

「夜々芽さんには言ったの?」
「言った。けど、助けられないって。妖力で回復阻害の術がかけられてたみたい」
「……そっか」

ふう、と海遥が息を吐く。

「海遥さん、こっちの方でも『ヒサルキ』っていう名前が出ました」
「うーん……やっぱりか」
「やっぱり?」

天哉が海遥の言葉を反芻する。それに頷いて、海遥は話し始めた。

「俺が現世にいた頃も、似たような事件が起きたんだよ。その時の犯人も、『ヒサルキ』っていう名前だった」
「現世にいたそいつが、隠世に来たってことか?」
「そこまではなんとも」
「可能性としては、完全に無いとは言えないですよね」
「うん……そうなんだよなあ」

がしがしと後頭部を乱暴に掻き、海遥は溜息を吐く。

「……おい付喪神」
「ボクですか?」
「この中で付喪神って言ったらお前しかいないだろ。お前、さっき『クラシマヒサユキ』って言ったな?」
「はい」

定の返答に、颯太は右手を脇腹に、左手を顎に置いて、少し考えこむ。

「中等部の二年生に、そんな名前のやつがいたな」
「!」
「……行って、みますか?」

定の呟きに皆が頷く。
可能性があるのなら、それに賭けたい。
皆そう思っているだろうことは、言わずとも表情から分かった。




「クラシマヒサユキ?……ああ、倉島か。気分が悪いって保健室に行ったよ」

中等部、二年B組。
教室の入口にいた生徒に「クラシマヒサユキはいるか」と聞いたところ返ってきた返事。
その返事を聞いた途端、再び疾駆しはじめる。

保健室に着き、戸を勢いよくガラガラと開けると、夜々芽さんが驚いたようにこちらを見た。

「え、どうかしたの?」
「や、やめ、さん、クラシマ、ヒサユキ、って」
「ああ、久幸くん?」

夜々芽さんは納得したように言葉を発すると、ベッドを指差す。

「気分が悪いっていうから、寝てるよ」

指差されれたベッドを囲むように下がっているカーテンを開けると、一匹の猿が寝ていた。

「……夜々芽さん、こいつって……」
「んー?」

颯太の言葉に疑問を覚えたのか、夜々芽さんがこちら側に歩いてくる。
そしてベッドを覗き込み、びくりと身体を竦ませた。

「……猿、だよねえ」
「……ですね」

目を閉じ、その猿は静かに呼吸をする。
それを見る俺達の間から、手刀が出た。

「はい、ごめんなさい」
「……びっくりした、いつから居たのきみ」

御納戸色の髪を揺らし、妖の隙間から現れた彼。
見覚えは、ない。

「ほら、起きて」

ゆさゆさ、と彼は寝ている猿の身体を揺する。瞬間、猿の目がぱちりと開けられ、「飛び起きる」という表現がぴったりな動きをした。

「おはよ、ヒサユキ」
「そうだ、今回の件はそいつが──」

颯太の言葉を塞ぐように、彼は懐から短刀を取り出し、自らが「ヒサユキ」と呼んだ猿に刺した。

「ぎッ……」
「やりすぎ。……まあ僕のやってることも変わりないか」
「君の、やってること……?」

俺の呟きに彼は振り向き、樺色の目を向けた。

「……そうか、皆、はじめまして、か」

ふう、と息を吐いて、彼は猿の身体を貫通している短刀を抜き、立ち上がる。
そして宣言するように呟いた。

「僕は、萩洲姫期。さとりだよ」
「さとり……心が読めるのか」
「うん、そうだね。君たちのことはよく知ってるよ。『視てた』から」
「……みてた、って?」
「心眼が使えるからね、僕は」

ふらふらと彼──姫期は数歩歩いて、振り返る。

「轆轤くんが、何を思っていたのかも、御見通しだよ」

空虚を見るような姫期の目に、累が映る。
いつか見たように、累は口許を笑みの形に緩く歪めていた。

姫期はそんな累を、見たのか見ていないのか分からない目をしてふらふらと保健室から出ていく。

「……やっぱりお前、何かたくらんでるんだろ」
「……そうだよ、って言ったら、どうするの?」

累の返しに颯太は舌打ちをして、累の向こう脛に蹴りをいれた。

「いたっ」
「なんか事起こしたらこれ以上のこと返すからな」

颯太は何も考えていないように見えて、その実深く考えている。
それは、生徒会役員である、という点もあるのだろう。
だから今回のことも、ただ単に累に釘を刺す、というだけの意味以上のことを孕んでいるだろうことは簡単に予測出来た。

「とりあえず俺……あー、姫期とか言ったっけ、あいつに詳しい話聞いてくるわ」
「うん、そうした方がいいと思うよ。唐傘のお兄さんが行くのが一番スマートだろうし」

ひらひら、と手を振り、海遥は颯太を見送る。
そんな海遥に颯太は物申したかったようだが、その時間も惜しいと見え、足早に保健室を出て行った。

「さて……俺らはろくろ首のお兄さんを詰問しようか?」
「何も考えてないってば」
「紺の時もそうだったろ。言い逃れは出来ねえぞ、累」

天哉はそう言いながら、手をぱきぽきと鳴らす。
天哉の笑顔の裏に、「武力行使も厭わない」という感情が見て取れた。

「保健室だったらどんな怪我しても八地神センセがいるからね。やっちゃえ、空亡のお姉さん」

海遥が言うのと、天哉が累に向かって拳を振り上げるのは、ほぼ同時だった。
 
ぜえぜえと、肩で息をする。
時刻は酉の刻一つ時。簡単に言えば、黄昏時だ。

息を整える暇すら、『奴』は与えてくれないらしく、すぐ近くでかつん、というハイヒールの足音がした。
走り出そうとした時、ひゅっ、と風切り音がする。

──気がついた頃には、俺は片腕を失い地面に倒れ伏していた。

切り落とされた腕は無造作に地面に落ちていて、切り口は燃えるように熱い。

「わたし、きれい?」

不意に声がした。目線を声のした方に向けると、赤いコートに身を包んだ『奴』が微笑みながら立っていた。

「……」

何も答えないでいると、『奴』は手に持っている鉈を振り上げ、俺の両足を一刀両断する。

「きれい?」

再び、『奴』が言う。
俺はそれに答えられないまま、意識を手放した。




「変死体?」
「うん。手足が切り落とされてたり、胴体が真っ二つになってるんだって」

忍が記した瓦版を見ながら、海遥は天哉の言葉に返答した。

「で、その変死体には共通点があってさ」
「口が裂かれてるんですよ」

海遥の言葉を補完するように、祥子が言葉を発する。

「口が裂かれてる?」
「そうそう。現世だと俺が小さかった頃に「口裂け女」っていう怪談が流行ったんだけど、正にその状態になってるらしくて」

口裂け女。聞いたことがある。
夕暮れ時に、少年がある女性と出会う。その女性は大きなマスクを付けていたが、大層な美人であろうことは少年にも分かった。
少しばかり緊張しながら少年が女性の横を通り過ぎようとすると、不意に女性が立ち止まり、「わたし、きれい?」と聞いてくる。困惑しながらも少年が「はい、綺麗だと思います」と答えると、女性はマスクをゆっくり外し、耳元まで裂けた口を露わにする。
「これでも、きれい?」と聞いてくる女に驚いた少年は逃げようとするが、すぐさま女に腕を掴まれる。
そして少年が最後に見たのは、自分の顔に迫る鋭利な鋏だった──。

「その『口裂け女』が朝琉毎に出たってことなのかな」
「可能性はありますよね」

祥子が累に相槌をうつ。

「……ていうかお前らよく高等部まで来れるな」
「だって俺の力で存在虚構にしてるからね。祥子も自分の妖力で存在を曖昧にしてるし」
「ただのモブにしてしまえば誰にも気付かれませんから」
「ふうん……」

興味なさげに颯太が息をつく。

「べっこう飴が好きだとか言われてたなあ。べっこう飴を口裂け女が食べてる隙に逃げるんだって」
「私は逆にべっこう飴が嫌いって聞きましたよ。投げつけて口裂け女が怯んでる間に逃げるとか」

朝琉毎には、夕月夜で棄てられた、或いは忘れられた怪異が来ることが間間ある。
捨てる神あれば拾う神あり、という。朝琉毎は、夕月夜で忘れられた怪異が集まる場所なのだ、と前に蒼から聞いた。

そう思っているとき、唐突に海遥の背後にマスクをした赤いコートの女性が現れた。

「……海遥、後ろ」
「んー?」

俺の言葉に振り向いた海遥は、一瞬身体を竦ませる。
だがすぐにいつもの調子に戻った。

「わたし、きれい?」

女性はそう言い、海遥に笑いかける。

「……綺麗だと思うよ」

海遥がそう返すと、女性は顔を覆うマスクをゆっくりと外していく。
そして、裂けた口を露わにした。

「これでも、きれい?」
「うん、綺麗だと思う」
「え?」

海遥の頷きに女性は目を丸くして驚く。

「『欠点』って、俺にとってはプラスになるんだよね」
「心から、わたしがきれいって思ってるの?」
「うん」

女性──口裂け女は海遥の返答におどおどしている。
そんな口裂け女を見ながら、海遥は穏やかに笑う。

「最近起きてる変死体が見つかる事件って、君がやったんだろ?」
「……そ、う、だけど」

困ったように口裂け女は答える。

「俺の仲間にならない?」
「……え?」

素っ頓狂な声を上げ、口裂け女は海遥を見た。

「俺と一緒にいたら、誰かを殺すなんてしなくても消えないよ」
「……どういう、こと……?」
「俺の仲間の神獣の能力が、『存在を周知させる』だからさ」

海遥の言葉を聞いて、口裂け女は合点がいったように頷いた。

「んで、『口裂け女』以外に名前、あるんでしょ?」
「うん、あるけど」
「なんて言うの?」
「夏縞黎娘……」

かしまれいこ、と言われ、鵜似雪さんから聞いた怪談を思い出した。

ある少女が、昼間学校でカシマさんという女性の幽霊の怖い話を聞いた。その夜自宅で眠りについていると、夢の中に片手と片足が無い女性の幽霊が現れた。
女は少女を虚ろな目で見つめながら「手をよこせ」と言う。少女が答えられないでいると、女は少女の手を奪った。
次に女は「足をよこせ」と言った。また少女が答えられないでいると、足を奪った。
そして女は少女を見つめ、「この話、誰から聞いた?」と尋ねる。少女が友達の名を答えると、不意に目の前が真っ暗になった。
──翌朝、何者かによって手足を千切り取られた少女の死体が見つかった。不思議なことに彼女の部屋には誰かが侵入した跡は無かったのに、その手足が見つかることは無かったという。

「口裂け女であり、カシマさんでもあるのか?」
「……うん」

颯太の問い詰めるような口調に、口裂け女──黎娘はおずおずと頷く。

「わたし、元は、現世にいた普通の人だったの。けど、通り魔に襲われて、口を裂かれて。その通り魔に仕返しをした次の瞬間、『鏡』の前に立ってたの」

現世と隠世を隔てる鏡の前に、黎娘は立っていたのだろう。
そして鏡を越え、隠世に来た黎娘は、無意識に存在を忘れられると自らが消えることを悟り、自分の存在が忘れ去られることの無いよう、妖殺しを始めた──。

「じゃあ尚更俺の仲間になってよ」
「……どうして?」
「俺も元は現世にいたから。色々あって、鏡を越えたんだ」

青鈍色の目を薄く細め笑いながら、海遥は黎娘に告げる。

「俺以外にも現世から来た奴ばっかりだしね」
「……そうだったの?」
「うん。楓は前にも言ったように現世で祀られてた神獣だし、祥子は現世で祓われそうになったから隠世に来た鵺で、定は大切にされた、女の人が使う櫛だったから。皆現世出身」

海遥の言葉に黎娘は一度瞬きをし、取っていたマスクを再びつける。
そして目許を綻ばせ、言った。

「……じゃあ、お世話になるね」




口裂け女──夏縞黎娘による殺妖事件は、黎娘が海遥の下につくことで完全に鳴りを潜めた。

「海遥ってさ」
「んあ?」
「最近丸くなったと思わない?最初の頃は気を失ってる他妖のお腹蹴りあげたりとか、神殺しとかしてたけど」
「それ僕も思ってた」
「あー……確かにな。血腥い事しなくなったよな」

文月。じりじりと射す日差しの中、俺達はそんな話をする。

「でもあいつが食えない奴なのは変わりないだろ」
「まあ、ね」

きっと海遥が完全に丸くなったとしても、颯太は海遥をペテン師だなんだと言うのだろう。
その辺は海遥が元から持っているものと、『虚構症候群』という病気から来るのだから、仕方ないことではある。

「そういえばあのあと妹さんの顔見れたのかな」
「……あー、どうなんだろ」

ポケットからスマホを取り出し、ショートメールアプリを呼び出す。そして、海遥に『いきなりだけど、妹さんの顔見れた?』と送った。

少しして、海遥から返信が来た。
『見れたよ。親父は死んでたみたいだけど、畎乃は元気そうだった』とある。

「見れたみたい」
「んじゃあ海遥が鏡守である蒼を探さなくても良くなったんだね」
「そうだな」
「こっちも一件落着、ってことか」

じいじいと蝉が鳴く中、俺達はそうして息を吐いた。
 
ぬいぐるみの腹を裂いて、米と自分の爪を入れ赤い糸で縫い付けた。
そして、習った手順通りに自分が鬼であると告げる。

「最初の鬼は瑠衣だから、最初の鬼は瑠衣だから、最初の鬼は瑠衣だから」

他妖には見せられないなあ、と思いながら、ぬいぐるみを浴槽の水に浸ける。
部屋に行き、十秒数えた後、再びぬいぐるみの元へ行く。

「見つけた」

呟くように言って、カッターでぬいぐるみを刺した。

「次はタカアキが鬼だから」

そう言い、テレビ以外全ての電気を消した部屋の押し入れに隠れる。
──十五分程経ってから、異変が生じた。
ぶつん、と音がして、何もしていないのにテレビが消えた。

押し入れの戸を少し開け、様子を伺う。
闇に慣れた目は、暗い部屋の中を見通せる。その部屋の中に、小さな影があった。
よく見れば、それは浴槽の水に浸けた筈のぬいぐるみだった。その手には、ぬいぐるみを刺し、そのままにしておいたカッターがある。

「る……い……」

自分の名を呼ばれ、びくりと身体が跳ねた。

「どこに……いる……の……」

明らかに、ぬいぐるみから声が発されている。そして、自分を探していた。
そこに気づいた時、思わず身体が動き、隠れている押し入れの床が軋んだ。
瞬時、ぬいぐるみが此方を見る。

「み……つけ……た……」

にたり、とぬいぐるみが口を歪め、笑う。
身体が総毛立った時には、既にぬいぐるみは私の喉元を狙い、カッターを振り上げていた。




「ひとりかくれんぼ?」
「今月に入ってそれで死んだ奴、三妖目らしいぞ」
「一妖でかくれんぼって出来なくない?」
「ぬいぐるみとするんだって。降霊術の一種って聞いたよ」
「なんか陰気な奴がやりそうだな」

さっくりと天哉が言う。
天哉は心霊現象を信じない口だ。前に狐狗狸さんをやった時も、半信半疑でやっていた。流石にたぬとキツが出てきた時はそういうこともあるのかと言っていたが。

「でもなんでそれで死んじゃうの?」
「ぬいぐるみに殺されるんだってさ」
「……ぬいぐるみが自我を持つってことか?」
「降霊術、ってことだから、何かがぬいぐるみに取り憑くんだろうね。それで、ぬいぐるみに取り憑かれた何かに、殺される」

そこまで話をした時、ポケットに入れていたスマホがぶるぶると振動した。
見れば、海遥からショートメールが届いていた。『ひとりかくれんぼってお兄さん知ってる?』とある。
『知ってる』と返事を送ると、すぐさま返信があった。

「海遥が今晩ひとりかくれんぼやるって」
「……は?」

天哉が素っ頓狂な声を上げる。
それもそうだろう。何せ致死率の高い遊びなのだから。

「そのペテン師は死ぬかもしれないこと承知でやるって言ってんのか?」
「だと思う。だって忍がひとりかくれんぼで死者が出る度瓦版出してるでしょ」

水無月以前にも、ひとりかくれんぼで死者が出ている。
ひとりかくれんぼが有名になったのは、忍が千里眼と念写を使い瓦版を出してからだ。

『死ぬかもしれないって知ってるの?』と海遥に返事を送る。
少しして、『知ってる』と返信が来た。

「うん、知ってるみたい」
「まあ俺はペテン師が死のうがどうでもいいけどな」

颯太はそう言って、メロンパンの最後の一欠片を口に投げ入れた。




ざー、とテレビの砂嵐の音がする。
時刻は丑の刻三つ時。現世では、魔が出るとされている時間だ。

今のところ、異変は起きていない。
噂に聞けば、自分一妖しかいないのに誰かの足音がしたり、異音がするらしいのだが。

ひとりかくれんぼを始めて半刻が経つ。このまま何も起こらないか、と思いながら、傍らに置いていたコップ半分の塩水を口に含んだ時だった。

ばしゃん、と風呂場の方から水音がした。
確認しに行きたいが、ぬいぐるみに見つかるかもしれないと思い、そのままクローゼットの中で身を潜める。

──ひたひた、と足音がした。
それは濡れたものが動くような音で、同時に水が滴る音もする。

「……」

来たか、と思うと同時に、俺を呼ぶ声がした。

「み……はる……」

予め開けておいたクローゼットの扉の隙間から部屋を伺い見れば、熊のぬいぐるみが包丁を片手に俺を探していた。

「ど……こ……」

喋らないはずのぬいぐるみが、喋っている。
その口には、生えていない筈の鋭い牙が並んでいた。

「う……ア……あァ……」

声にならない声を出しながら、ぬいぐるみが俺の隠れているクローゼットの前を通る。
気付かれなかったらしく、ぬいぐるみはそのまま通り過ぎ、部屋を出て行った。

──そろそろ終わらせなければいけない。
そっとクローゼットから出て、ぬいぐるみの後を追う。

ぬいぐるみはふらふらと廊下を歩いている。
そのぬいぐるみに静かに近付き、コップの中に残っていた塩水をかけ、口に含んでいた塩水を飲む。

瞬時、ぬいぐるみはどろどろと溶けていく。
最終的に包丁だけを残し、ぬいぐるみは液状になった。

ふう、と息を吐いた時、隠れ鬼のお兄さんから電話がかかった。

『終わった?』
「うん、終わったよ」
『なんか変なこととかなかった?大丈夫?』
「平気だよ。祥子が調べた話だと、ひとりかくれんぼで現れる霊は一人らしいから、もう誰かがひとりかくれんぼやっても何も起きないだろうね」

俺の言葉を聞いて、隠れ鬼のお兄さんは安心したように息をつく。

『一件落着、ってことかな』
「そうなるだろうね」
『でももうこういう危ないことしないでよ?』
「ん、分かった」

そこで会話は途切れ、電話を切る。
隠れ鬼のお兄さんはお兄さんで、心配していたらしい。

「……まあ別に死んでもよかったんだけどね」

ぼそり、と呟いた言葉は、誰に届くでもなく薄闇の部屋の中に消えていった。
 
「楓はどんな調子?」
「快方に向かってるよ。失くした腕も、そのうち生えてくるだろうね」

海遥と待ち合わせをした喫茶店──神峰堂で、そんな話をする。
勿論周りに話が聞かれるようなことが無いように、周囲に姿は見れるが声が漏れない結界を張ってある。

「生えてくるって……」
「楓が存在できるかどうかは誰かひとりでも楓を"絶対的なものとして信じこんでる"奴がいるかで決まるんだ。つまるところ信仰されてるか否か、ってこと」
「誰かが信仰すれば、失った身体も戻るの?」
「らしいよ」
「定も同じように戻るのかな」
「定は付喪神だからね。依り代である櫛が壊れたらそれまでだよ」
「ふうん……」

他の妖が色々あるように、神にも色々あるのだろう。

「朝琉毎は十の街に分かれてるでしょ?それぞれの土地に土着神がいるらしいよ」
「鳥儀街は夜々芽さん、ってこと?」
「うん」

海遥は俺の言葉に返事をしながら鞄からファイルを取り出した。

「祥子が調べてくれたんだよ。それぞれの街の神様」

手渡されたファイルを、海遥の言葉を聞きながら開く。

潮次街『一之瀬鎖(いちのせ - くさり)』、丑剋街『明智木葉(あけち - このは)』、禽雨街『桐吉文恵(きりよし - ふみえ)』、龍社街『葛熾御霊(くずおこ - みたま)』、麻呉街『風見古谷(かざみ - ふるや)』、深梳街『桃李飯綱(とうり - いずな)』、主森街『漱家蛇螺(すすけ - だら)』、鳥儀街『八地神夜々芽(やちがみ - ややめ)』、堆威碌街『篠木晴秋羅(しのぎ - はるあきら)』、居刻街『狐乃咲茅玄(このさき - ちはる)』と書いてある。

夜々芽さん以外は、知らない名前だ。

「土着神以外にも、祀られてる神様はいるらしいけどね。まあ土着神に較べれば力は無いけど」
「土着神ってそんなに力持ってるんだ?」
「うん。昔からいる訳だし、それなりに力もあるから信仰もあるんだよ」

海遥はそう言い、チョコラテを飲む。

「祥子が言うには、現世で忘れられた神様が隠世に来ることもあるみたい。楓がそれに当て嵌まるんだけど」
「忘れられた……?」
「人間は効力のない神様を見捨てるからね。挙句の果てに御社壊したり、御神体壊したりするし」

腕を組んで、海遥は言う。
その青鈍の目は、どこを見ているか分からない。

「……理子?」

不意に、結界の外から声が聞こえた。
見れば、颯太が立っている。

「颯太。どうしたの?」
「たまたま寄ったんだよ」

かたん、と椅子を引き、颯太は俺の正面に座った。
そこで海遥の存在に気付いたらしく、眉を顰める。

「うわペテン師もいる」
「ペテン師だなんて酷いなあ」

飄々とした態度で海遥が笑う。
颯太は海遥のそんな態度が嫌いだと前に聞いた。犬猿の仲、というやつだろうか。海遥は颯太のことを嫌ってはいないようだが。

「何を二妖で話してたんだ?」
「大怪我した楓について話してたんだよ」
「楓?……ああ、前に話した神獣か」

近付いてきた店員にカフェオレを注文し、颯太は海遥を見る。
そして問い詰めるように言った。

「まだ神殺しやってんのか?」
「ううん、やめた。定の神格は上がらないし、喩え殺しても神霊が新しく後釜につくし。だから楓だけが朝琉毎の神様になる、なんて無理だって分かったから」

言いながら、海遥は一枚の瓦版を取り出す。

「なんだそれ」
「知らない?念写の出来る烏天狗が書いたんだよ」

机の上に瓦版を置き、海遥はそう応えた。
その瓦版には、楓が重傷を負った理由と、容態が書かれていた。

「その烏天狗も海遥の賛同者なの?」
「そうだと言えるし、そうじゃないとも言えるね」
「どういう意味だ」
「"中立"に位置してるんだよ。お兄さん達の味方にはならないし、俺達の味方にもならないんだ」

目を細め、海遥は言う。

「名前は『丹生忍』っていうんだけど」

海遥の言葉を聞いた途端、颯太の身体がぴくりと揺れた。

「……そいつ、幼馴染で俺の従姉妹」
「え、そうなの?」

素っ頓狂な声を上げ、海遥は颯太を見る。

「千里眼と念写があるから外に出なくても良いとか言ってる引きこもりだよ」

運ばれてきたカフェオレを一気に飲み、颯太はそう言った。
そしてポケットからスマホを取り出し、どこかへ電話をかける。

「……ああ、俺だけど。今からそっち行くから」




「……私が妖見知りするの知ってるのに知らない妖連れてくるんだね」

じとり、とした目で颯太を見ながら、烏天狗──丹生忍は言う。

「お前、外に出ないんだから別にいいだろ」
「よくない」

颯太に食ってかかる忍は、手首、腕、足に包帯を巻いていた。その包帯は、ところどころ赤黒くなっている。

「……で、君らは雉覘海遥と隠樹理子、でしょ」
「……なんで分かるの?」
「千里眼で色々視たからね」

はあ、と息を吐いて、忍は言う。

「神殺しの件も視たしね。もうやってないみたいだけど。殺しただけじゃ神格は上がらないし、殺したとしても新しく神霊が就くし」

千歳茶の目を閉じて、忍は呆れたように溜息を吐いた。
そして颯太を睨みつけるように見る。

「それで?何の用で来たの」
「まだ瓦版書いてたんだな」
「……それ言いたいがために来たの?」

再び溜息を吐いて、忍は言った。

「私が何したって勝手でしょ」
「まあ、そうだけどな。自傷癖はどうにかした方がいいと思うぞ」

自傷癖。颯太の言葉で、何故忍が身体のところどころに包帯を巻いているのか、理由が分かった。

「誰かを殺すよりマシだと思うけど?」

目を眇めて忍が言う。
確かに、一理あるが。

「でも痛てぇだろ」
「痛いけど。でもその痛みを感じる度に、私は『ああ、生きてるんだなあ』って思うんだよ」

剃刀、包丁、ナイフ、カッター。
自分の身体を刃物で切りつけ、流れ出る血潮に、『生』を感じる。自傷癖を持つ妖は、皆そう思うのだろうか。

「特に私は穴籠もりしてるからね」
「……そうかよ」

忍の言葉に、諦めたように息を吐いて、颯太は呟く。

「ま、いいや。また来るぜ」
「今度は知らない妖連れてこないでよ」

颯太を睨みながら、忍はそう言った。